ああ、天寿を全うしたね
ボールペンを使い切る
前にも書いたが、モノが壊れ始めると連鎖して色々と壊れていく。これはもう人生の基本原理だが、退職後ひと月くらいで立て続けにいろいろなモノが壊れていくのは気持ち的にかなりシンドい。「もう、勘弁してくださいよ~」と愚痴の一つも言いたくなる(うん、言ったなぁ)。
その一連の「連鎖崩壊」の中で一つ不思議なコトがあった。どこで手に入れたか分からない安っすいボールペンを日常使いしているのだが、先日、筆記中に突然書け無くなった。おや、と思って芯を引き出して見たら見事にインク切れ。今まで(多分これからも)高級ボールペンなどは使った事が無く、「どこかで手に入れたテキトーなボールペン」を「どこかで無くす」という繰り返しだったので、ボールペンのインク切れはひょっとして人生初めてかもしれない。これには微妙にびっくり、いやちょっと感動か。
自分のモノが壊れるのが嬉しい人は多分いないだろう。たいていの場合、「壊れる」イコール「がっかり・怒り・悲しみ」だろう。でも稀に、「ああ、天寿を全うしたね」と思えるモノがある。それはおそらく、長いあいだ手間を掛けメンテナンスして、愛着を持って使い倒したモノだろう。ワタシにもいくつかそのようなモノがあったが、まさか「どこかで手に入れたテキトーなボールペン」にそれに近いものを感じるとは思わなかった。なぜかなぁ?と考えてみたが、その瞬間はこれといった理由が思いつかなかった。
タダで偶然手に入れ、何のメンテもせずそれなりに長い間使ってきただけのボールペン。「安っぽいからハレの場では使えないな」「インクの色がちょっといまいち」「時々かすれるなぁ」「でも書けるから、まっいいか!」で、いつの間にか使い尽くしてしまったボールペン。と、ここまで書いてきて漸く分かった。凡人の人生と一緒なんだな。
最期にワタシにも誰か言ってくれるかな、「ああ、天寿を全うしたね」。
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