[読書の繰言:戻らぬ日々 5] 「早川書店」奇跡の本棚 (時期:1980年代末期) 子供の頃から内向的だったワタシの友達は「本」だけだった。お金がなく「立ち読み」が目的のワタシは、店員から怒られないように隅っこに目立たないスペースのある本屋ばかりをハシゴしていた。独りぼっちの、でも至福の時間だった。 1985年に就職して関東に来ると「神田」というとんでもないブラックホールの引力圏に近づいたが、それでも行くにはそれなりの時間が必要。バブルに向かって駆け上がる日本の最末端サラリーマンに週末など無い。月に二回有るか無いかの休日に、最低限の必需品を買いに近くの商店街に行く。その帰り道、小さな本屋を見つけた。 「 早川書店 」 本に飢えていたワタシは引き寄せられるようにその本屋に入った。一見なんの変哲もない、少し広めの「街の本屋さん」で雑誌などを拾い読みしながら奥へ移動。最奥の、少し凹んだコーナーの棚に立った瞬間、あの至福の子供時代に還った。 その300冊くらいしか入らないコーナー棚は奇跡、奇跡だった のですよ 。「ワタシが本屋をやるのであれば揃えたい本」が全て揃っていた (嘘です。でもホントです) 。棚を横一列、視線を移すのだけであれだけ時間がかかった事は初めてだった。そのときは時間が無く慌てて引き上げてしまったが、それ以降、時間が出来れば「早川書店」に通うようになった。そのコーナーでの立ち読みは至福であったが、 ほとんど本は買わなかった。買う金ならある!だが、一度買ったら無限に買いそうな気がして怖かった。全く申し訳ない事をした 。 ワタシがその街を離れてから暫くして早川書店は閉店したようだ。店主である 早川義夫 氏の事を知ったのはそれからかなり後である。彼の「 ぼくは本屋のおやじさん 」(晶文社、1983年発行)に引いてある次の逸話が好きだ。 マンガ本棚を整理していた店主に、学生らしき客が声をかけた。 お客:「あの~、『思想』の本の棚はどこですか?」 店主:「うちに置いてある本は、全部、『思想』の本だよ」 「ぼくは本屋のおやじさん」 (晶文社、1983年) 前 袖に掲載の写真 (左端の人物が早川義夫氏。右ドアの奥に見えるのが奇跡の棚です)