記憶

[まあ座れや] 転校生

 ワタシは小学校を3回転校した。長くて一校に2年間。それが「全国行脚」ならまだカッコよいのだが、同県内をグルグル回る悲しいだけの転校生。でも別れが悲しかったのは最初だけで、二回目以降は「またかよ」と慣れてしまった。恐るべし子供の適応力。離れてしまった人々が直ぐに「お互いに」忘れてしまうのは健全だと今も思う。 ただ、そのせいかワタシには「過去を振り返らない」という特技があり、子供時代の記憶をほとんど持っていない。

 10年ほど前、喪主として父の葬儀のため一時的に実家(ここで小学校卒業を迎えた)に帰った。仏花を買いに行こうとしたところ、ご近所さんが声を掛けてくれた。 「もうすぐ近在の農家さんが軽トラで野菜を売りに来る、たぶん花もあるはず」との事。待つことほんの数分で軽トラックがやってきた。そのご近所さんが私くらいの年齢の女性に挨拶している。

 ご近所さん「zzちゃん、今日はお花ある?お仏壇に上げたいんだけど」
 zzちゃん 「はい、ありますよ」
 ご近所さん「よかったわ。ねぇ、zzちゃんはxxさん(ワタシの事)と同級生よね」
   ええええええ!知らんぞ。
 ワタシ  「そうでしたか。(う~ん、気まずい)
 zzちゃん 「(ちょっと寂しそうに)転校生から見たら、40人は覚えられませんよね。
       でも転校生は一人だけだから、覚えてますよ」

 ワタシは仕事もけっこう頻繁に変わり、出会いと別れを人生の当然と思って忘却の日々を生きてきた。でもその「同級生」は、ずっと故郷に根を生やした生活していたのだろう。望んでもワタシには得られなかった、どっしりと太い人生。

 その後、実家を売却したので「故郷」も無くなったが、時々その「同級生」の事を思い出す。もう顔も声も思い出せないが、恥ずかしそうに俯いているその姿を

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