悲しき笑顔
[日々の繰言] 老婆
先日、散歩途中で笑顔の老婆から声を掛けられた。その老婆はいきなり「こんにちわ」とまるで知り合いに挨拶するかのような笑みで近づいてきた。外観も小ざっぱりしていて怪しい雰囲気もないので、つい「こんにちわ」と返してしまったのが運の尽き、「私、これからk市(隣の市で、けっこう有名な観光地)まで行くの。バスとタクシーどちらがいいかしらねぇ」って、いきなりそれかい。「こりゃボケ婆さんだわ」と思ったが、ここでプイと去ってしまうのもナンなので、調子を合わせて逃げるタイミングをうかがった。
「バスは今出たばかりだからタクシーがいいんじゃないですかね、では」
「そうねぇ。k市を散歩しようと思って」
「今日は天気が良いから、気持ち良いでしょうねぇ、では、」
「ついでに美味しい物でも食べようかしら」
「いいですねぇ、では、、」
「今日は家に孫も来ていてねぇ、にぎやかなの」
.....あれっ?お孫さんが来ているのなら家にいればいいのに。
「せっかくみんな楽しんでいるから、わたし、出かけようと思って」
その時ワタシが少し「おやっ?」という顔をしたせいだろうか、いきなり話題が変わった。「私ね、小倉にいたの」「小倉ではね、父が喫茶店や食堂をやっていたの。とっても流行っていたのよ」「でも不景気で潰れちゃってねぇ」「いまは息子の家にいるのよ。A社の偉い人なのよ、息子は」。なんだかとても嬉しそうに話すので、ワタシは相槌を打つだけだった。
「私、これからk市まで行くの。バスとタクシーどちらがいいかしらねぇ」
「タクシーがいいですよ」
「そうねぇ、そうするわ」
といって、少し頭を下げて去っていった。「お気をつけて」ワタシにはそれしか言えなかった。お婆さんは、最初から最後まで笑顔のままだった。
悲しい笑顔のままだった。
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