「死ぬにはいい日だ」
[まあ座れや] 醜く足掻く
大抵の資格試験は、ある程度の時間が経過すれば退出できるルールになっている。ワタシも幾つかの資格試験を受験する機会があったし、試験監督のバイトも長くやったが、多くの受験生が「退出可能時間」になった途端に退出してしまうのを目撃してきた。どの試験会場でも最低20%くらいの「即時見切退場者」は居たし、最後まで残っている受験者がワタシを含めて3人だけという酷い試験会場もあった(最後は監督官の方が多い。ここは監督官耐久試験会場ですか?)。まぁ、一般的には「見切りが悪い」は利口な行為とは見られない。だが、ワタシには試験途中で「見切退場」することがどうしてもできなかった。
それは中学一年生の最初の中間試験での事だった。数学でどうにも難しい問題があり、ワタシを含めかなりの生徒がその問題には何も書かずに出したらしい。答案返却の前に先生がこう言った。「白紙で出すという事は出題者に対する侮辱だよ。ともかく足掻いて何か書きなさい。たぶん、それは間違えた解答だろう。でも最後まで足掻く行為は出題者に対する最低限の礼儀だし、足掻く事にこそ、大きな意味があるのだから」。
高校1年生の時に、とある教師から「zz中(私の出身中学校)の連中は往生際が悪いんだよな。昔から無駄に粘るんだよ。でも、あれは認めるわ。」と言われ、それがあの中学伝統の、勉強を超えた教えだったのだろうと理解した。無駄を承知で醜く足掻け。みっともない行為だ。だが、その教えはワタシの決して短くはない人生を支配した。そして闇雲に足掻いたその先に「今まで気付かなかった世界が存在する事」を、凡人がそれに気付くためには 足掻き続けるしか道はない事を、知った。
ワタシが老いを悟ったのは、「足掻くのを諦めた」その瞬間だった。「死ぬにはいい日だ」と言う箴言は、その瞬間のためにあるコトバだったな、と後から思った。
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