我儘なんかじゃ無い
[仕事の繰言] 不老不死
いや、分かってるんです、冗談だという事はよぉ~く分かってるんですよ先輩。でも「君に求められているのは『不眠不休』ではない、『不老不死』だ」って、、、。
昭和末期は日本全体が狂っていた。「昇りエレベーターを全力で駆け上がっている」ような、そんな感じだった。1985年(昭和60年)に社会人になり、3か月位は見習い新入社員でアイドリングの平和な日々が続いていたが、その後は怒涛の残業休出生活。手元データを見ると月平均70~80時間程度の残業。ピークは1988年8月の120時間(恐ろしい事にサービス残業は含まず)。残業時間から見てもバブルの影響がわかる(バブルだからといって皆が浮ついて遊んでいた訳ではないのですよ、そこのお若い方)。残業ピークのころだったと思う。ヘロヘロになりながら、深夜の自販機前でカップラーメンを食べつつ先輩に、「この忙しさは何処まで続くんすかねぇ。不眠不休ったって限度がありますよ」と愚痴ったワタシに対する反応が、冒頭の言葉だった。二人とも力なく笑って仕事に戻った。なぜそこまで理不尽に働かねばならなかったのか。
今なら分かる。どんな時代にも組織にも「奴隷」が必要なのだ。そして、進んで「奴隷」になる狂った人間は必ずいる。真剣に仕事をするのは当然の事。だが「真剣」と「狂気」は紙一重だ。あなたが何かの主導権を握ったまま「狂う」とパワハラ人間に、主導権を失って「狂う」と奴隷になる。そしてその二人は、同罪だ。狂っていた。ワタシがそうだった、先輩もそうだった、社会も会社も月もスッポンも皆そうだった。狂った奴隷だった。
本当に狂うと狂っていると言う認識すら無くなる。「真剣に」仕事がしたいのであれば、奴隷になりたくないのであれば、強制的に仕事から離れる必要がある。休暇でもいい、転職でもいい、最悪は入院でも止むを得ない。その大事な仕事から一度離れろ。それは決して我儘なんかじゃ無い。
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