地には平和を
[日々の繰言] 路傍の爺さん
20年くらい前に出張で訪れた上海・深圳(中国沿岸都市)や台北・新竹(台湾北部都市)は、停滞する日本を尻目に破竹の勢いで発展していた。やはり勢いのある国は違う。そう羨ましく思いながら都心から地方へタクシーで向う。日本と同様に工場の場所は都心には無い。都心から車で少し走ると、いきなり「イナカ」が現れる。上海のような大都市でも同じような状況だったので、そこが東京と違うところ(もっとも以前にバイトしていた、麻布近くの街もよくよく見てみれば似たようなものだった。少し外れるといきなり下町。そこは上海と大差ない)。更に違うのは、建屋がボロボロで道は埃っぽく、そして「腹巻をした爺さんが家の前に椅子を出してぼーっとしている」ことだ。そんな爺さんは今の日本ではまず見ない。そんな「ぼーっと爺さん」を目撃して、「何をしているのかなぁ。そういや、ディープ昭和の子供時代に近所でよく見かけたな」とその時は思ったのだが。
つい先日、散歩して公園で一息ついていた。子供達が「わーい」と言いながら駆けていくのをベンチに座りぼーっと見ていて、ハッとした。あの「ぼーっと爺さん」が何をしていたのか分かった。彼らは文字通り「なにもせず何も考えず、ぼーっとしていた」のだ。そして今やワタシも。何も考えずに長時間居られるというのは一種の能力である。現役時代のワタシの定時後や休日は酒浸りの日々だった。酔っぱらわねば「何も考えない事が出来なかった」からだと、今ならわかる。歳を重ねて、ついに酔わなくてもひたすらぼーっとできる能力を身に着けたのだった。見事、老人力獲得!
いつかアナタにもその日が来る。そして同時に思う。日本も「ぼーっと爺さん」の時代から、誰もがぼーっとしてられない時代を経て、また「ぼーっと爺さん」の時代に再突入するのだろう。たぶん、東アジア全体が老人力を獲得する日も遠くはない。
それが平和というものなら、「ぼーっと爺さん」も悪くないな。
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