空に虹を見る
[まあ座れや] 上を向いて歩こう
年に数回は虹を見る。だが不思議な事に、虹を最初に見つけるのはワタシで、一緒にいる人達はなかなか虹に気づかないのだった。一度グリーンの流星を見つけた事もあったが、こちらは一瞬で消えたので「ホントかぁ?」と疑われる始末。最初は「虹を検知する超能力か?」と思いかけたが、どうやら空を見ている人が少ない様だと気づいた。ワタシはいわゆる「陰キャ」で、子供時代から地面ばかり見て歩く暗い少年だったし、それは大人になってからも変わらなかった。なのに老境の今、ナゼ空を見るのだろう。
病院で父が亡くなった早朝、幸いにも最期の看取りが出来た。葬儀社への手配と病院からの遺体の送り出しが終わり、にわか雨の中を自動車で実家に戻ろうとした午後の事だった。雲間の太陽に照らされて、今まで見た事も無いほど完全な半円の虹が現れた。自動車はその虹に向かって走り、その下を潜った途端に消えた。「虹を潜る」なんて可能なのか?今では「あれは勘違いだったのでは」と思うが、その時は「ああ、親父がお別れで架けてくれたんだ」と何の疑問も持たなかった。その日以来、母がらみで何か大きなイベントがあると、必ず虹が架かった。最初は不思議だったが、そのうち「親父が見守っているんだな」と思うようになった。
ワタシはオカルトに興味がある訳ではない。これでも腐ってもエンジニア、科学的合理主義の教育を受けて来たので超常現象を無批判に受け入れる気は無い。父が亡くなった日に偶然見た虹のお陰で空を見上げるクセがついた、だから虹を見る確率が上がったと考えるのが妥当だろう。だが同時に、「まぁ、科学で分かってる範囲なんて僅かだしね」とも思っているから科学原理主義者でも無いつもり(つまり「典型的日本人」だ)。だから「偶然」に何らかの意味を持たせることが無駄だとは思わない。
オカルトは信じない。父を信じる。
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