六月に降る雪
[まあ座れや] 祈るということ
日本は自然災害の多い国だが、自分自身が被災しない限り基本的には仕事は止まってくれない。2010年から引退するまで、ワタシは仕事で国内を移動することが極端に増えた。時には被災地近くに出張する事もあった。
2014年2月。山梨はのちに激甚災害指定を受けるほどの大雪に見舞われた。ひと月後、山梨の会社を訪問した時は自動車での移動には特段の困難は感じなかった。だが、途中眺める農地ではたくさんのビニールハウスが潰れており、悲惨な状況が見て取れた。打ち合わせた相手社員もお父上が農業を営んでおられ、自然とその話になった。山梨県は復旧支援金の支給を速攻で決め、お父上もその対象となったらしいのだが、廃業するという。
「父は、、父は、心が折れてしまったのです」
息子さんは静かに言った。
2016年4月。熊本は大震災に見舞われた。地元の誇りである熊本城が大きく崩れ、特に益城町の被害が酷いとも報道されていた。そんな中、熊本の取引先企業からの支援要請もあり、かなり早い時期に仕事で熊本入りした。その途中、益城町を自動車で通過したが、あまりの惨状に言葉が出なかった。
完全なる破壊。
倒壊した家屋で何かの作業をしている住民を一人見かけた。自動車から見ただけだが、その顔に感情らしきものは見えなかった。
2004年10月。我が故郷が震災に見舞われ、帰郷した。実家は何ともなかったのだが、3軒先の家屋は全壊していた。誰のせいでもないこの圧倒的な不公平。母校の校庭に被災者があつまり、自衛隊が支援してくれていた。その光景を見た瞬間、涙が止まらなくなった。感情は何もない。悲しさも怒りも何もない。ただ滂沱と流れる涙を止められなかったし、拭う気にもならなかった。益城町のあの人を見たとき、それを思い出した。
だが無自覚な善意の言葉は、被災者の上に降り積もる。
六月に降る雪の邪悪の様に。
だから、ここで私も沈黙しよう。
(今回、掲載ルーチンを崩しました。乱文ご寛恕賜りたく)
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