存在の耐えられない黒さ

[仕事の繰言] ゾンビ企業とブラック人材

 一時期「生産性の低いゾンビ企業は退場させ、有望事業はM&Aで大企業にサルベージ。潰した中小企業社内で燻っていた優秀な人材を大企業で活用すれば、賃金も上がるし日本企業の生産性も向上するはずだ」という言説がメディアで説かれていた(最近聞かれなくなったのは、もう「説明」の段階は過ぎて、いよいよその方向への「実行」に進み始めたからだろう)。確かに理屈は分かるし、上手く行って欲しい。しかしワタシは不安だ。

 ワタシは一部上場企業から、外資系、中小企業、小企業、ベンチャーと色々な規模の会社を漂流してきた。そこで理解したのは、大企業ではとても使い物にならない様な低レベルな人材を、小企業では騙しだまし使ってビジネスを回しているという現実だった。「指示が理解できない、理解できていない事が理解できない」「何かを自ら学ぶという経験がないので、踏ん張れない」「(その結果)仕事を『悪気なく』放り出してしまう」。
「リスキリング」「リカレント」以前の、自己認識能力が決定的に欠けているこのようなブラック人材が、ゾンビ企業と共存関係にあるという身も蓋もない現実。問題は、ブラック人材は自分をブラックだと自覚していないことだ。その結果、ブラック人材の存在は社会から見えなくなっている。「前向きM&A」の結果、はじき出されたこのブラック人材たちはどうなるのだろうか?

 企業家が「生産性を上げろ」というのは分かるが、それを社会全体の処方箋として語るなら話は別だ。補助金で延命しているような非効率ゾンビ中小企業の、「ブラック人材をとりあえず雇用という枠の中に留めておく防波堤機能」を何で代替するというのか。せめて為政者には「そのような共存関係が世の中にはあるのだ」とわかって制度設計して欲しいが、それは期待できそうもない。

 ワタシは不安だ。合理性で彩られたエコノミストの描く明るい未来予想図の中に、「その明るさに耐えられない黒さ」は存在できないのだから。

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