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世間の片隅で

[今週の繰言]   七十二候:  牡丹華 古い映画の名言集 (『十二人の怒れる男』(1957年): 陪審員9番のセリフ ) (あの証人の老人は) 「誰にも相手にされず、これまでの75年間を生きてきた。誰の記憶にも残らず、誰からも意見を求められたことがない。世間の片隅で、怯えるように生きてきたあのような男の気持ちは、私にはよくわかる」 年を経て わかる気持ちの 悲しさよ (刻空)

頑固と衰えと諦めと

[仕事の繰言]  「引退する」ということ  「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」という絵画をご存じだろうか。ワタシはあのカスティリオーネの「目」を前にして、発すべき言葉を持たない。諦めたような、でも「これでよかったのだ」という達観のような、あの目。 ・・・・・   「引退」というのは、人生における個人差の大きな判断の一つだと思う 。ある人は「引退」を、ある人は「退職」を選ぶ。 (悲しい事だが、そこに至る前に「壊れる」人もいる。)  「引退」のロールモデルがワタシの身近にいなかった。父は典型的サラリーマンで、会社を定年で退職した。ワタシの就職した会社でも定年退職する人達をたくさん見送って来たが、大過なく過ごした爺さん (婆さんは一名だけ。つくづく昭和だな) が花束をもらってフェードアウトしていった。だが定年は年齢という絶対的外部要因で決定されるので「定年退職=引退」ではないだろう。  身近で初めて「引退」したのは、70歳の腕の良い職人のOさんだった。頑固だが気のいい爺さんで、「Oさんに溶接できない配管は、配管の方が間違っている」というくらいの配管溶接のプロだった。本人も自らの腕前に恃むところが大きかっただろう。そのOさんが、あるとき信じられないような凡ミスをした。すぐにリカバーできる程度のものだったが、彼は目に見えて落胆していた。「そんなに落ち込まなくても」とワタシは思ったが、程なくしてOさんは「引退」を選んだ。 「プライドが傷ついた」という次元を超えて 「自分への信頼が壊れた」のだろうと思う。ああ、人はこうやって「引退」を決意するんだなと、ひどく悲しく思った 。  ワタシは62歳で引退した。理由は「 足掻くのを諦めたから 」としか言いようがないし、仮に説明できても他人に判ってはもらえないだろう。言葉は、言葉にすぎない。 ・・・・・ 「 バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像 」という絵画をご存じだろうか。 あの「目」を見ただろうか 。  あれが「引退」だ。

奇跡の本棚

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[読書の繰言:戻らぬ日々 5] 「早川書店」奇跡の本棚 (時期:1980年代末期)  子供の頃から内向的だったワタシの友達は「本」だけだった。お金がなく「立ち読み」が目的のワタシは、店員から怒られないように隅っこに目立たないスペースのある本屋ばかりをハシゴしていた。独りぼっちの、でも至福の時間だった。  1985年に就職して関東に来ると「神田」というとんでもないブラックホールの引力圏に近づいたが、それでも行くにはそれなりの時間が必要。バブルに向かって駆け上がる日本の最末端サラリーマンに週末など無い。月に二回有るか無いかの休日に、最低限の必需品を買いに近くの商店街に行く。その帰り道、小さな本屋を見つけた。 「 早川書店 」 本に飢えていたワタシは引き寄せられるようにその本屋に入った。一見なんの変哲もない、少し広めの「街の本屋さん」で雑誌などを拾い読みしながら奥へ移動。最奥の、少し凹んだコーナーの棚に立った瞬間、あの至福の子供時代に還った。 その300冊くらいしか入らないコーナー棚は奇跡、奇跡だった のですよ 。「ワタシが本屋をやるのであれば揃えたい本」が全て揃っていた (嘘です。でもホントです) 。棚を横一列、視線を移すのだけであれだけ時間がかかった事は初めてだった。そのときは時間が無く慌てて引き上げてしまったが、それ以降、時間が出来れば「早川書店」に通うようになった。そのコーナーでの立ち読みは至福であったが、 ほとんど本は買わなかった。買う金ならある!だが、一度買ったら無限に買いそうな気がして怖かった。全く申し訳ない事をした 。  ワタシがその街を離れてから暫くして早川書店は閉店したようだ。店主である 早川義夫 氏の事を知ったのはそれからかなり後である。彼の「 ぼくは本屋のおやじさん 」(晶文社、1983年発行)に引いてある次の逸話が好きだ。  マンガ本棚を整理していた店主に、学生らしき客が声をかけた。   お客:「あの~、『思想』の本の棚はどこですか?」   店主:「うちに置いてある本は、全部、『思想』の本だよ」 「ぼくは本屋のおやじさん」 (晶文社、1983年) 前 袖に掲載の写真 (左端の人物が早川義夫氏。右ドアの奥に見えるのが奇跡の棚です)