その単純な事実を真っ直ぐに
[まあ座れや] 気にするな
先日、運動音痴を呪う記事をyahooニュースで見かけた。Xからの転載らしいが、「運動音痴への理解が無い体育教師」に対する恨みつらみが綿々と書かれていた。面白い事にコメント欄の意見が真っ二つに分かれていて、運動音痴と運動健常者の間でまるで接点のない空しいバトルが延々と展開されていたが、まぁヤフコメ民じゃしょうがねぇか。
以前ワタシの運動音痴を嘆いた事があったが、運動音痴は小学時代からで、多分周りからはかなり呆れられていたと思うがイジメられた記憶は無い。まぁ、転校生であるワタシに対しては周りも遠慮があったのだろうと思うし、小学校の体育授業などは遊びの延長のようなもの、皆でワチャワチャしていれば時間が勝手に過ぎてくれていたのだろう。だが中学となるとそうはいかない。個人種目はともかく、団体競技となると周りに迷惑。授業だから「補欠で」ともいかず、特に球技では「なんだよxx(ワタシの事)と一緒かよ」的な視線を感じて落ち込んだ。
へなちょこで笑われるだけの個人種目でも、残念ながら試験はある。成績が悪いのはしょうがないし、笑われるのも芸のうちと諦めもつく。だが器械体操は別だ。下手に落下すればケガをする。不安と恐怖を抱えて自分の順番を待つのは憂鬱以外の何物でもないが、無情にも順番はやってくる。あきらめて高さ3m近くある鉄棒の前に立ったら、先生から「ああ、xxはやらなくていいよ。ケガするから」と言われて、ほっとすると同時に悲しくなった。しかし、その後に続く言葉があった。「どうしても出来ない事は出来ないさ。君は自分の得意な事を見つけて、それをやればいいんだから。気にするな」
そのおかげなのか、その後の団体競技でも皆の視線が和らいだ気がした。ある日ソフトボールのイージーフライを取り損ねた時に、打者に対して「そっちに打つなって」と言ってくれる奴も出てきた。
いま思えば良い中学校だったのだろう。ワタシの様な弱者にも居場所があったのだから。
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