贅沢な貧しさ
[読書の繰言:戻らぬ日々 3]
あの幸福な一日
(時期:1982年ころ)
ほお、「読書に必要なモノは何か」をお尋ねですか? うーん、あえて言えば「本」ですかね。えっ、なにかご不満で? 実は数年前にKindle Fireを格安で手に入れたので、Amazonが思い出したように開催する「お試しキャンペーン」で無料本を読む機会も増えたけど、Kindleで読むと満足感がいま一つ得られない。そこはジジイの悲しき限界なのでしょうなぁ、やっぱり「紙の本」が読みたいんですわ。
「だ・か・らっ!」、はいはい分かりました、読書に必要なモノは「時間」と「体力」です。
以前、貧しい大学生時代のコラムを書いたが、その貧しい生活で唯一贅沢だったと思えるのが「時間」だ。いま思えば、学部2年生の一年間は、とてつもなく贅沢な「まっさらな時間」であった。学部1年は生活に慣れる必要があり、3年になれば「単位ヤバいし」といった散文的な悩みが、4年になると卒研の追い込みで研究室の幽鬼となる。人生における読書のゴールデンタイムは間違いなく学部2年。まぁ「お金もなく、友人もなく、趣味もない」陰キャでなければご理解いただけまい、はいっ、さようなら。
贅沢な貧しさだった。学部2年生。梅雨の走りの6月上旬で窓外の緩斜面の畑に雨が降ったり止んだり。立ち昇って来る土の香りを感じながらあけ放った窓に寄りかかり、何もない四畳半の部屋が薄暗くなるまで、ただひたすら本を読んでいた、あの一日。過去の憂いも将来への心配もなく、ただひたすら本だけに没頭できたあの一日。何の本を読んでいたのだろう、もう思い出せない。その時には分からなかった「まっさらな時間」の贅沢が、いまは泣きたくなる位に分かる。
今は引退し「灰色な時間」だけは贅沢に手に入るようになった。だが「体力」が。体力と読書については、またどこかで(多分フレイザー「金枝篇」、だろうなぁ)。
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