塞翁が馬1(ブログ一周年記念:連載開始っ[(^^)/])

[仕事の繰言] 部下を剥ぎ取られる

 大きな栄光も挫折もない平凡で退屈なワタシの人生だが、それでも「後から思えば、あれがターニングポイントだったな」という時期はある

 2002年に9名の部下を持つ課長になった。技術屋出身でマネジメントの能力など無いワタシが課長になったのは、古い日本企業の「年功序列」と言う悪しき習慣ってやつだ。それでも立場は立場、皆に呆れられながらもオタオタヨロヨロ何とか半年ほどやってきたが、そこで人事異動があり上司としてQ部長がやってきた。このQ部長、パワハラ気質が酷く前職場でも何かと話題になった御仁である。最初は比較的安穏とした状態だったが、半年も経つとエンジンが掛かってしまったらしい。ワタシを通り越して部下Aを直接攻撃しだした。ゴタゴタの末、それから半年でその部下Aが退職する事態となった。当然、直属管理職であるワタシの責任である。部下を守れなかったという忸怩たる思いで半分うつ病になりかけながら、そのままズルズルと時が過ぎた。

 恐ろしい事に、しばらくして部下Bへの攻撃が始まった。これには軟弱なワタシもさすがに強く反発し、Q部長と正面衝突の状態に突入した(この時の経験から、「〇〇の為と思って言ってるんだ」というセリフを吐く人間を、ワタシは今も信用しない)。だが結果的に部下Bの退職も防ぐ事は出来ず。(明示はされなかったが)一連の部下退職の責任をとる形で、ワタシは部下全員をはく奪され、「部下なし一人課長」用として作られた閑職に追いやられた。(不祥事では無いので降格されないあたりが昭和な会社だった。これは今回の話とは関係ないが、「降格されない」のもまた問題だと思うな。)

 原因を作ったのはQ部長としても、部下を二人も守れなかったのは無能なワタシの責任だ。「そもそも管理職に向いていなかった」は言い訳にもならない。では責任を感じて辞めるか?情けないかな、当時のワタシにはその勇気もなかったつづく


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