塞翁が馬2(連載中っ[(^^♪])

[仕事の繰言] 人身御供

 閑職に追いやられたとはいえワタシはまだQ部長の部下だった。主要な業務から外されたワタシは、Q部長の雑用係にはうってつけの存在だったらしい。訳の分からない資料作成やら意味不明な会合への出席やらを突然押し付けられ、しかも作った資料は必ず没を喰らい作り直しで深夜残業・休日出勤は当たり前。今にして思えば、それを我慢する理由は無いハズなのだが、鬱になりかけの人間には真っ当な判断が出来なくなるというのは本当なのだ。当時のワタシはパキシルやリタリンで何とか動いていたようなものだ。

 そんな状態が延々と続いたある日。ある「変な」業務がトップからQ部長に降ってきた。それは会社の主流(=出世街道)の事業とはまるでかけ離れた、新規事業の立ち上げ。2000年代前半の日本半導体メーカーは既に「死に体」で、各社生き残りをかけて合従連衡を繰り返していた。だがうちの会社はそのような流れから外れて、自力で生き残りをかけた勝負に出ようとしていたのだから、ワタシはその時の社長を尊敬している(結局上手くはいかなかったが、それは結果論)。社長からの指示は「新規事業を立ち上げる。各部門から一名、管理職を出せ」だったらしい。だが悲しいかな大企業。社長の危機感が中間管理職以下には腹落ちしていない。普通は逆だと思うのだが、ちょっと変な会社だった。会社の主流事業が上手くいっていないのだが、多くの社員はそれ(主流事業)が「社内では主流」であったが故に、そこから心理的に離れられない。「そんな主流から外れた、どうなるか分からない博打みたいな仕事が出来るかよ」。まぁ無理はない。

 もうお分かりですね。Q部長にとって、ワタシはそんな人身御供にピッタリな存在だった。「これはxx(ワタシの事)に向いてる仕事だ。本当は僕がやりたいぐらいだが、オマエに譲ってやる。頑張ってこい。あ、いまの仕事と兼務だからね」。その裏で「こんなの、xxに押し付けておけばいいさ」と言っていた事を後から知った。つづく

コメント

このブログの人気の投稿

これで花粉が無ければねぇ

目のうろこ

電話に出んわ

シンガポールのバックヤード3