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木陰であやうく ボケ老人

[今週の繰言]   七十二候:  蛙始鳴 初夏を感じる気候になり久々に川縁を歩く。途中の木陰でベンチに座ったらあまりの気持ちの良さに速攻で寝そうになった。あぶね~。 青嵐 木陰であやうく ボケ老人 (刻空)

こどもの日に思う

[まあ座れや]  親孝行   「子供は三歳までに親孝行を終わらせている」 これは有名な子育ての格言だ。「大きな子供」とカミさんから笑われるワタシはろくな子育てをしてこなかったが、それでも実際に幼い息子に接して、この格言は正しいなと実感した (もう30年も前の話だ) 。 「他人からの100%の信頼」は、幼い我が子からしか受けられない 。成長し三歳前後で息子に自我が生まれ始めると、残念だがそのような感覚は徐々に消えていったが、たとえ生涯一度であってもこの経験ができた事に素直に感謝する。  ワタシは三歳の時に大やけどをした。いまも酷いケロイドが左足に残っている。どうやら火鉢に掛かっていた沸騰した鉄瓶をいたずらでひっくり返してしまったらしい。運び込まれた 病院で二回心臓が止まったが、生き延びた (医者は「心臓の強い子だ」と感嘆の声を漏らしていたとの事) 。ワタシ自身は事故の瞬間もその後の入院生活も全く覚えていないのだが、親にしてみれば自分が死ぬよりつらかっただろう。悲しいかな ワタシは「三歳にして親不孝」な息子だった 。  おおよそ一年間は寝たきりに近かったようなので、体力も運動神経も他の子に比べて劣るのは仕方ない。頑張ればそのうち追いつくさ。それは大人の冷静な意見だ。しかし子供は残酷である。「ちゃんと遊べない」子供は仲間外れにされる。ますます人と遊ばなくなり、運動能力はどんどん遅れていく。ますます仲間外れにされる。人生の分かれ道、一人遊びしかできない暗い子供の出来上がりだ。果たしてあのとき生き延びたのが幸運だったのか不幸だったのか、たぶん誰にもわからない。 ・・・・・  こどもの日は、何故かいつも晴れである。今年も晴天の公園は親子連れでいっぱいだ。子供たちが夢中で遊んでいる。我が子からの100%の信頼を受けて、どの母親も父親も笑顔が輝いている。   健やかに。なにとぞ、健やかに 。 「三歳にして親不孝」だったワタシが、晴天の五月の空に祈ります。

「歴史上の本人」 南伸坊

[読書の繰言] 「歴史上の本人」 著:南伸坊     ISBN4-02-264231-9 (読了:2014年10月19日) 馬鹿々々しさが突き抜け天才に!! エンターテイメントが哲学に転化している。脱帽。 「自壊する帝国」 著:佐藤優     ISBN978-4-10-133172-0  (読了:2014年10月19日) やはり本物のリベラルアーツは不滅だ。四半世紀を経て地金が輝いている。 「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む」 著:E・J・ワグナー     ISBN978-4-309-20517-5  (読了:2014年10月19日) 淡々とした記述が大変よろしい。無理がない。

世間の片隅で

[今週の繰言]   七十二候:  牡丹華 古い映画の名言集 (『十二人の怒れる男』(1957年): 陪審員9番のセリフ ) (あの証人の老人は) 「誰にも相手にされず、これまでの75年間を生きてきた。誰の記憶にも残らず、誰からも意見を求められたことがない。世間の片隅で、怯えるように生きてきたあのような男の気持ちは、私にはよくわかる」 年を経て わかる気持ちの 悲しさよ (刻空)

頑固と衰えと諦めと

[仕事の繰言]  「引退する」ということ  「バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像」という絵画をご存じだろうか。ワタシはあのカスティリオーネの「目」を前にして、発すべき言葉を持たない。諦めたような、でも「これでよかったのだ」という達観のような、あの目。 ・・・・・   「引退」というのは、人生における個人差の大きな判断の一つだと思う 。ある人は「引退」を、ある人は「退職」を選ぶ。 (悲しい事だが、そこに至る前に「壊れる」人もいる。)  「引退」のロールモデルがワタシの身近にいなかった。父は典型的サラリーマンで、会社を定年で退職した。ワタシの就職した会社でも定年退職する人達をたくさん見送って来たが、大過なく過ごした爺さん (婆さんは一名だけ。つくづく昭和だな) が花束をもらってフェードアウトしていった。だが定年は年齢という絶対的外部要因で決定されるので「定年退職=引退」ではないだろう。  身近で初めて「引退」したのは、70歳の腕の良い職人のOさんだった。頑固だが気のいい爺さんで、「Oさんに溶接できない配管は、配管の方が間違っている」というくらいの配管溶接のプロだった。本人も自らの腕前に恃むところが大きかっただろう。そのOさんが、あるとき信じられないような凡ミスをした。すぐにリカバーできる程度のものだったが、彼は目に見えて落胆していた。「そんなに落ち込まなくても」とワタシは思ったが、程なくしてOさんは「引退」を選んだ。 「プライドが傷ついた」という次元を超えて 「自分への信頼が壊れた」のだろうと思う。ああ、人はこうやって「引退」を決意するんだなと、ひどく悲しく思った 。  ワタシは62歳で引退した。理由は「 足掻くのを諦めたから 」としか言いようがないし、仮に説明できても他人に判ってはもらえないだろう。言葉は、言葉にすぎない。 ・・・・・ 「 バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像 」という絵画をご存じだろうか。 あの「目」を見ただろうか 。  あれが「引退」だ。

奇跡の本棚

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[読書の繰言:戻らぬ日々 5] 「早川書店」奇跡の本棚 (時期:1980年代末期)  子供の頃から内向的だったワタシの友達は「本」だけだった。お金がなく「立ち読み」が目的のワタシは、店員から怒られないように隅っこに目立たないスペースのある本屋ばかりをハシゴしていた。独りぼっちの、でも至福の時間だった。  1985年に就職して関東に来ると「神田」というとんでもないブラックホールの引力圏に近づいたが、それでも行くにはそれなりの時間が必要。バブルに向かって駆け上がる日本の最末端サラリーマンに週末など無い。月に二回有るか無いかの休日に、最低限の必需品を買いに近くの商店街に行く。その帰り道、小さな本屋を見つけた。 「 早川書店 」 本に飢えていたワタシは引き寄せられるようにその本屋に入った。一見なんの変哲もない、少し広めの「街の本屋さん」で雑誌などを拾い読みしながら奥へ移動。最奥の、少し凹んだコーナーの棚に立った瞬間、あの至福の子供時代に還った。 その300冊くらいしか入らないコーナー棚は奇跡、奇跡だった のですよ 。「ワタシが本屋をやるのであれば揃えたい本」が全て揃っていた (嘘です。でもホントです) 。棚を横一列、視線を移すのだけであれだけ時間がかかった事は初めてだった。そのときは時間が無く慌てて引き上げてしまったが、それ以降、時間が出来れば「早川書店」に通うようになった。そのコーナーでの立ち読みは至福であったが、 ほとんど本は買わなかった。買う金ならある!だが、一度買ったら無限に買いそうな気がして怖かった。全く申し訳ない事をした 。  ワタシがその街を離れてから暫くして早川書店は閉店したようだ。店主である 早川義夫 氏の事を知ったのはそれからかなり後である。彼の「 ぼくは本屋のおやじさん 」(晶文社、1983年発行)に引いてある次の逸話が好きだ。  マンガ本棚を整理していた店主に、学生らしき客が声をかけた。   お客:「あの~、『思想』の本の棚はどこですか?」   店主:「うちに置いてある本は、全部、『思想』の本だよ」 「ぼくは本屋のおやじさん」 (晶文社、1983年) 前 袖に掲載の写真 (左端の人物が早川義夫氏。右ドアの奥に見えるのが奇跡の棚です)

自然に恵まれた国

[今週の繰言]   七十二候:  葭始生 昨年の「垣根 丸坊主作戦」で残した幹から若葉が爆発的に芽吹く。慌てて追加刈り込みしたけど、戦後「日本で餓死するのは不可能だ」と言ったという進駐軍医師の驚愕もわからんではない。つくづく自然に恵まれた国だわ。

ローカルスーパーは面白い

[日々の繰言]  破壊不能なレジ袋  現役後半戦の仕事では泊りがけ出張が多かった。同僚と飲みに出かけることもあったが、大半はビジネスホテルで一人で夕食を取った。当然近くのコンビニやスーパーマーケットで、お酒 (必須栄養素である。異論は認めない) と共に総菜やお弁当を買ってくるわけだが、コンビニの食べ物にも飽きが来る。イオン系のスーパーは全国品ぞろえが同じで面白味が無いので各地のローカルスーパーがあればできるだけ利用することにしたのだが、これが面白い。 FRESCO : 京都 でしか見たことがないが、市内には山ほどある。よく使った三条通り商店街の店舗は小ぶりで買い物がし易い。ここで初めて「鱧の湯引き(梅肉添え)」パックを見つけて感動した。納豆の品ぞろいの多さに「関西人は納豆を喰わない」という偏見を見事に打ち砕かれました。店内は静かで、狂ったような音楽もチャイムもアナウンスも無いのが、よろしおす。 スーパーマツモト :これも 京都 。弁当を買い行ったら、「生山椒」が山のように売られていてびっくり。鮮度命なので関東に戻る直前に買おうと思っていたら、一週間程度で無くなってしまった。初品出し後の二週間が勝負とのことで、その品出しタイミングが毎年読めないのは桜の開花と同じだ。 バロー : 伊勢 、 岐阜各地 でお世話になったが、スーパーというよりホームセンターの方を多用した。PB商品も多いイオン的な立ち位置で「お値打ち」店だと思うのだが、 なぜにナゼに何故にビールを冷やして売ってくれないんだぁぁ! ぎゅーとら : 伊勢 でしか見たことがない。総菜が充実しており毎回食べきれないほど買ってしまう。「あおさ」の旨さに開眼したのもこのスーパーの責任である。だけど「ぎゅ~チューブ」って、どうよ。「トラちゃん」グッズのイラストは昔の方が好きだなぁ。 レジ袋が破壊不能なレベルの丈夫さで、 「伊勢の土産は『ぎゅーとら』のレジ袋が最高!」 とはカミさん談。そうか、 神さん仲間か 。

「桜ほうさら」 宮部みゆき

[読書の繰言] 「桜ほうさら」 著:宮部みゆき     ISBN978-4-569-81013-3 (読了:2014年09月21日) ストーリーはミヤベ節でマンネリ感は避けられぬ。でも語り口がやっぱりすごくいいなぁ。 「 日本の古典をよむ12  今昔物語集」 編:馬淵和夫ほか     ISBN978-4-09-362182-3  (読了:2014年09月21日) こりゃすごい。芥川が題材に選ぶのも納得できる。現代性すら感じられる物語たち。 「内乱記」 著:ユリウス・カエサル     ISBN4-06-159234-3  (読了:2014年09月21日) 悪くはないが「ガリア戦記」のレベルではないと思う。訳者の技量か、カエサルの衰えか、ワタシが馬鹿なのか。

「限界ニュータウン」ってヤツか!

[今週の繰言]   七十二候:  虹始見 近所の「ニュータウン」で庭木茫々で手入れされていない家を見かける。「売出中」の家もちらほら。これが「限界ニュータウン」ってヤツか! 一代で 廃屋決定 少子化め (刻空)

うしろ姿を見守る特権

[まあ座れや]  高校卒業認定試験  零細個人事業主稼業では食えないので、都内の某テストセンターでTOEFL試験監督補助のバイトをしていた。その時の ちょっとした失敗 が切っ掛けでサイトマネージャーに逆に評価され、別の仕事もさせてもらうようになった。 (余談: 社会人二年目の失敗 でもそうだったが、「失敗が評価される」という事が多かった。たぶんラッキーな人間なんだろうワタシは。感謝します、だれに感謝していいかわからないが)  その別の仕事で、 某国の「高校卒業認定試験」というとても珍しいペーパーテストを監督する機会 があった。受験者は一人。失礼ながら、もうお婆さんと言ってもよい年齢のご婦人だった。某国の公用語は英語なので試験問題は英語だ。しかしこのご婦人、チェックイン時の本人確認IDは日本のパスポート。ワタシとの会話も自然な日本語で、 堂々たる「日本の上品なお婆さん」だ 。  試験は何教科かあり、途中昼休みをはさんで一日掛かりの試験だったと記憶している。当方は試験「監督」が業務なので試験内容については関知せず、試験委託元の指示書 (英語なのよこれが。読後に理解度試験をさせられました) に厳密に従い粛々と監督するだけ。お婆さんが黙々と答案用紙に向かっているのを、後ろから監督していた。全ての試験科目を消化し、最後に答案用紙を回収して無事終了。「お世話になりました」と上品な微笑みで頭を下げて静かに会場を後にされたが、「 この方は、なぜ今の年齢になって高卒認定資格を、それも外国の資格を取ろうとしているんだろう 」と、どうしても余計な事を考えてしまう。  後でサイトマネージャーとその話をしたのだが、「我々は淡々と試験会場を運営するだけですよ」と軽くたしなめられた。だが続けて「でも、 人生の必要に一所懸命に取り組んでいる後ろ姿を見守る特権が、我々にはありますね 」。  たった一日、すれ違っただけのあのお婆さんに「幸あれ」と祈った冬晴れの日だった。

「むかしの味」 池波正太郎

[読書の繰言] 「アール・デコ・ザ・ホテル」 著:稲葉なおと     ISBN4-7630-0623-1 (読了:2014年09月21日) 悪くないのだが何故かピンとこない。(著者がなんだか女性みたいな感じだなぁ。彼の心の性が女性なんだろうか。) 「むかしの味」 著:池波正太郎     ISBN978-4-10-115650-7  (読了:2014年09月21日) 以前読んでいたが、やはり薀蓄のある話は何度読んでも面白い。やや懐古的かな。 「ヘミングウェイ全短編2」 著:アーネスト・ヘミングウェイ     ISBN4-10-210011-3  (読了:2014年09月21日) 残念、ひっかからない。でも「彼の別の本を読んでみるか」という気にはさせてくれる。

玄関先の沙羅双樹

[今週の繰言]   七十二候:  鴻雁北 玄関先の沙羅双樹、冬に枝を落としたところから樹液が一気に噴き出した。きっちり季節と連動して一所懸命に生きようとしている。ふと自分の手に目を落としたら泣けてきた。ナゼだろう。 春の日の 命に落とす 涙かな (刻空)

電話に出んわ

[仕事の繰言]  疑心暗鬼の上司を持つと  これまで何度か転職してきたが、いずれも技術系のBtoB企業だったせいか「極端に異常な人間」に仕事で出会ったことはほとんどない。大企業であればそれなりの人材が選別されて集まっており「極端に異常なヒト」は少ない。一方、中小企業となると「このひと天才!」も「ちょっとそれはどうよ」な人もいて個人差が非常に広いのだが、それでも 「モノ」 (万人が逆らえない自然法則) という絶対的な判定者がいる技術者には常識のタガが外れた人は少ない (変人はいるが) 。神様ありがとう。   問題はマネージャーだ。「モノ」ではなく「立場」が判定基準になるので、上手く組織側で制御しないとモンスターが誕生する 。私が例外的に出会った「これは異常だ」と思った人物は、某中小企業で上司だった事業部長のZ氏である。新規事業を立ち上げた功労者で、社長でさえ苦言を呈しにくかったのか、事業部内はほとんど彼の独裁状態だった。  とにかく疑心暗鬼が強い人物で、 「誰かが自分を陥れようとしている」 と本気で思っているらしく、周囲の人間を常に疑っていた。 ・ちょっとオフィスの端っこで2~3人が小声で世間話をしていると、   「おい、そこ!何話してるんだ」といきなり怒鳴る。 ・管理職に昇格させた部下が少しでも才能を見せると、何かと難癖を   つけて潰そうとし始める。 ・電車で携帯に着信したので次の駅で降りてからコールバックしたら、   「なぜすぐ出ない!」   「電車に乗っていまして、、、」   「 どこにいる、どの電車だ、どこに行く、何しに行くんだ、俺は出張先   を聞いていないぞ! 」   と怒涛の詰問。  一年ほど付き合って私は見切りをつけた。ある日、出張中に着信があったが、あえて出なかった。オフィスに戻ると案の定、   Z氏 :「 なぜすぐ出ない! 」 と来たので、すかさず   ワタシ:「 辞表書いてましたぁ(笑) 」  そのまま辞表を出してお別れしました。クワバラクワバラ。

「イギリス 繁栄のあとさき」 川北稔

[読書の繰言] 「イギリス 繁栄のあとさき」 著:川北稔     ISBN4-478-20035-1 (読了:2014年09月06日) 20年前 (付記:2014年のコラムです) 1995年に出版された事に注目。日本の将来をしっかり見据えていた学者がいたことを。 「緊急深夜版」 著:W・P・マッギヴァーン     ISBN4-15-000469-2  (読了:2014年09月06日) ハードボイルドとしてはちょっと惜しい。内容は良いが流石に翻訳古し。 「 日本の名随筆  別巻93 言語 」 編:千野栄一     ISBN4-87893-673-8  (読了:2014年09月06日) 内容は興味深いが、このシリーズとしてはやや異色。エッセーとして読むには辛いかもしれない。

これで花粉が無ければねぇ

[今週の繰言]   七十二候:  雷乃発声 関東では先週末に桜が満開。我が家の沙羅双樹も一気に芽吹いてきた。春ですねぇ。これで花粉が無ければねぇ。 花粉症 芽よりも先に ハナが出る (刻空)

コインランドリー・サバイバル

[日々の繰言]  気が利く愚か者  最後の仕事は出張が多く連泊が基本だったので「洗濯物をどうする」は切実な問題だ。安宿派なので高価なランドリーサービスは使いたくない。自然とコインランドリーのお世話になる。  ビジネスホテルに設置されている洗濯・乾燥機は数が限られていて争奪戦が厳しい。夜のビジネス客は仕事上がりで飲んだくれていることが多く (「どうせみんなワタシと同じだろう」という極めて妥当性の高い推測である) 、コインランドリーを掛けてそのまま寝込んでしまうという素敵なお客様ばかり。このため、ただでさえ少ないランドリーの空きが、夜更けとともに消えていく。そのような経験から早朝が一番空いていると悟り、朝4~5時くらいに使う事が多くなった。  10年くらい前は洗乾別々で100円硬貨投入の機械が多く、また洗剤は30円くらいで別売という「小銭命」の仕様だったのだが、近頃は「洗剤自動投入・キャッシュレス・洗乾全自動」が多くなり嬉しい限り。特に 乾燥状態のチェックをして乾燥時間の調整を行ってくれる「賢い」全自動機が登場したときは感動した。生乾きが無いのは長期滞在者としては助かる。助かるハズ、だったのだが。 「早朝にコインランドリーを使う」という作戦が裏目だった。  その日は少し寝坊し、朝6時に慌ててランドリーへ。ああよかった空いてる、ラッキー。「賢い」全自動機に多めの洗濯物を突っ込み洗濯を開始。「完了まで2時間か、余裕だな」と朝食を食べ、頃合いを見計らいコインランドリーへ。ありゃ?まだ乾燥中。もう少し待って30分後、ゲッ、まだ乾燥している。しょうがない強制終了、、、ボタンが無くて出来ませんわ。 「……まだっすか?」 。まぁ、洗濯量を考えないワタシが悪いんですけどね。 乾燥時間を自動調整するのは止めてよね、仕事に行けないから 。  半年後、その「賢い」全自動機は、普通の全自動機に置き換わっていましたとさ。どっとはらい。

「鉄道旅へ行ってきます」 酒井順子ほか

[読書の繰言] 「鉄道旅へ行ってきます」 著:酒井順子、関川夏央、原武史     ISBN978-4-06-216693-5 (読了:2014年08月30日) 脱鉄っちゃんの拗ねっぷりが面白い。元祖オタクの成功例だなこれは。 「マイクロファイナンス」 著:菅正広     ISBN978-4-12-102021-5  (読了:2014年09月06日) マイクロファイナンスの概説と、日本における貧困の問題をざっと理解するのに好適 「逆説の日本史11 戦国乱世編」 著:井沢元彦     ISBN4-09-379681-5  (読了:2014年09月06日) 「信長の比叡山焼き討ち」が日本の政教分離を達成したマイルストーン。これは重要ポイントだと認識した。

貧しきかな日本

[今週の繰言]   七十二候:  桜始開 1000円激安床屋で最近とみに増えた婆さん客。カットだけだから分からんでもないが、女性ですら美容院に行くお金が無いのかしら。貧しきかな日本。 髪結いの 亭主きどりは いつの世か (刻空)

シンガポールのバックヤード4

[まあ座れや]  明るい北朝鮮   駐在の台湾人 は、シンガポールでは自家用車も買えないと嘆いていた。関税の高さはともかく、ナンバープレート取得などの「自動車を所有する行為」そのものに対する課税が途方もないとか。カローラクラスで最低1000万円は必要。しかも運転できる曜日がナンバーの偶数・奇数で別れているので、二台持ちしないと意味がない。「 ここじゃマイカー持つなんて罰ゲームみたいなもんだ。日本の非関税障壁なんて障壁じゃないよ。 」だそうだ。でも繁華街では、ベンツもBMWもフェラーリも走っている。はぁ、富裕層には気にならん、てか。  接待のレストランは庶民的 (?) なところを選んでもらった。料理はまあまあだが、ショーアップがド派手。ショーの最後は素焼きの皿が数十枚レストラン内を飛び交い、床で弾けるたびにてお客は大喜びで歓声を上げて終わった。この割れた皿はだれが片付けるの?と思った私は貧乏性だが、 ふとシャトルバスの暗い目をした女性たちを思い出してしまった。そりゃ暗くもなるわな、この格差 。  接待が終わりレストランを出たところで正面に監視カメラを見つけた。   「結構カメラがあるんだな」   「シンガポールで一番進んだ技術があれさ」   「どんな技術?」   「あの監視カメラはおとりだよ。シンガポールで監視カメラを1台見つけたら、    見えないカメラがあと10台はある。隠す技術がすごいんだ。北朝鮮とどちら    がすごいかな。まぁ少なくとも、こっちはあっちより『明るい』けどね」 それを聞いたヘソ曲がりのワタシは、カメラに向かって笑顔で手を振ってやった。  シンガポールには合計一週間くらい滞在したが、まるで「ディズニーランドのバックヤード」だけを見せられた感じだった。「あそこはいけ好かん街や」という上司には別の意味で同感だ。ディズニーランドは客として行くところだ、住むところじゃない。   ましてや「夢の国」の奴隷にはなりたくない。絶対にね 。 (おしまい。 イケア から遠くまで引っ張ってゴメンなさい)